カテゴリ:雑感、いろいろ。( 30 )

発覚から60年経つ公害病のこと。

                          ■半農半筆〜あるいはPROFILE
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 身近にある、液晶が使われたツールを集めてみた。
 ノートPC2、タブレットPC1、ガラケー1、WiFi端末1、デジタルカメラ4。茶の間に行けばブラウン管時代に比べてはるかに大きな液晶テレビがあり、FAXや電話の親機・子機にも小さなディスプレイ。あ、クルマの運転席にもディスプレイはいくつもある。あらためて自分もその恩恵にとっぷり浸りまくりに違いない。事実として文明の利器。液晶の製造技術は世界じゅうでも数えるほどの企業しか有していないそうだ。その1つが、チッソ(現社名)という企業の一部門だったJCN。世界中で使われる全液晶の3分の1を製造しているらしい。
 チッソという企業は終わっているとばかり思っていた。営利生産事業の歴史を終えた、と。水俣病補償のためだけに存続していると聞いたからだ。でもそうではなかった。莫大な利が上がる部門を分社化し、現代を底支えするベーステクノロジーで広く深く、もはや分かちがたく根を張りめぐらせて生き続けている。JCNだけではない。チッソが母体となって旭化成、積水化学工業と積水ハウス、信越化学工業など、ケミカル素材をコアテクノロジーに据えた企業も生まれて存続している。近代日本の歴史と常に足並みを揃え、戦争の影で浮き沈みしながらも、史上最悪の公害病を引き起こそうとも確実にこれら素材産業は生きながらえてきた。

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事実を見つめて、考える場所。
そうしたことを、一般社団法人水俣病センター相思社の水俣病歴史考証館で初めて知った。

 九州旅の2日目に選んだ水俣市。案内人はきっと市立の水俣病資料館に連れてってくれると思っていたところ、たどり着いたのは、丘の細道を上りに上った、小さな屋根が並ぶこの館だった。遠くに不知火海がかすんで見える。事前にネットで見ておいた市の館に比べて、有り体に言えばなんと粗末なことか。でも敷地内の事務所棟も含めてていねいに維持し使い続けられ、静寂と落ち着きに満ちている。
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 館内の展示は、それはそれは生々しく克明。じわりと暑いのは、こもった炎暑と湿度のせいだけではなく、それらを観た生理反応もあるのではいかと思ったくらい。水俣病の歴史、病理の解説、原因追求と訴訟の経緯、事実の否認と隠蔽の積み重ね。報道資料。猫による実験が行われた小屋の実物。原告団が手に手に持った「怨」を染め抜いた黒い幟。健康と生命を蝕んだだけでなく、小さな家族・親族や村社会のつながりを切り刻み、連鎖する憎悪と差別を植えつけた。凄まじい破壊力。
a0118120_1524088.jpg 案内人がここに連れてきてくれた大きな理由は、公的施設よりも高い「温度」とリアリティ、ある意味で「誰かの息がかかってない透徹さ」が通底しているからだろう。館の名称を「資料館」とかにしなかった理由も、とても共感できる。単なる博物施設の名を与えられることで、水俣病が過去のものになってしまうことを回避したのだ。
 チッソ(現在の社名)という会社は水力などの発電事業を立ち上げ(1906)、その電力を利用し化学製品を大量生産するビジネスモデルで成長してきた。最初に生産したのはカーバイト(1907)。まもなく(1914)それを原料に硫酸アンモニウム(硫安肥料)の製造を始める。水俣湾へのヘドロの放出はこの時から始まった。硫安肥料といったら、拙宅には子供の頃から常備されている、袋の色さえすぐに思い浮かぶ肥料である。堆肥や人の糞尿で補っていた肥料を、成分で直接散布できるという変革が、高度成長期の食糧増産にどれだけ働いてきたかしれない。硫安の製造は比較的容易な応用でプラスチックの材料となるアセトアルデヒド製造にステップできる。触媒として使われた無機水銀が有機水銀に変じ、それを未処理で垂れ流した(1932〜)ことで水俣病は発生した。

行く末を誤らない方法はあるか。
 チッソに由来する企業の製品やサービスを改めて見ると、そのコアテクノロジーは腐らない、腐りにくい素材が多いように思う。ノスタルジーで言うわけではないけれど、そもそもの生活というもの、使いまわせる素材、最終的には腐って土に還る素材で成り立っていたメンテナンス型の社会だ。それが、「腐らない」「買い替える方が便利」という利点にずいぶん簡単に載ってしまったように見える。手っ取り早くて安上がり。ビニールクロスやプラスチックが「カラフル」で「美しい」という、まったくもって一方一面的な価値観にまで。購買する側は物欲を満たす快感も知って酔いしれたのだと思う。日用品だけでなく自動車や家までも今は消費財だ。でも壊した後の、「もう要らない」を言った後の、燃やすことも再利用もできない残渣は、この国のどこかに埋められていくのだ。道路、橋、鉄道といった社会資本さえも新設ばっかり増やしたせいで、メンテナンスの費用が絞り出せない声が耳に届くようになった。いつまでこんな道を走り続けることができるのだろう。
 だったら、である。自分にたいしたことができるとは思わないけれど、そうではない暮らし方もまた執念深く、愉しみながら実践していくことでカウンターを当てよう。それ以外にないのではないか。一度使い始めたものは、簡単にゴミにしない。ゴミにする時は、未処理や違法廃棄など言語道断。少なくとも直接環境を汚すことがない処理法に則って徹底する。山川森海に親しむ。身近な木や花を愛でる。食べるものの種を育ててみる。木や草、それらに由来する布のように腐る素材、ガラスや陶器など使い回しができる素材を選ぶ。可能な限りいつまでも永く使おう。そうしていくことが、亀の歩みではあろうけれども、水俣病を生んだ暮らし方から舵を切る道筋と信じたい。
 水俣病歴史考証館に、ドラム缶が4mの高さに積み上げられていた。水俣湾の汚染されたヘドロが堆積しているその厚みだという。いま水俣広域公園となっている場所がそうで、ヘドロ層は8mの客土の下に、海中ではコンクリート擁壁を築いて外の環境と隔離されている。
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 地域の自然環境と食を汚し尽くして招いたこの危機は、60年経とうというのに収束はしていない。何も学ばなければ、道をまた誤れば、どこかに水俣病は形を変えてあらわれる。といえば、福島第一原発事故もまた同じような道をたどっていると思えてくるし、実際そうではないだろうか。経済最優先の国策に載って、「使い捨て素材」とか目先の「安い電力」の生産で経済を回す。雇用と税収をぶら下げて地方を隷属させる。いざ取り返しの付かない事故が起こっても、その事実と責任を企業も行政も簡単には認めない。この間半世紀以上も、何の改善、進歩があったというのだろう。
 賢い生活者にならなくちゃ。新しく登場するテクノロジーや仕組みが信頼に足るものか、くれぐれも調べなくちゃ。権力を預ける人(与えるんじゃない。代行してもらうんだ)、生活の行く末を左右する人は、慎重に選ばなくちゃ。次の災禍は、未然に抑えこまなければならない。それは抽象的な杞憂では決してないのだから。
by kawa-usso | 2016-06-29 15:25 | 雑感、いろいろ。

2015、羊と起動しました。

あけましておめでとうございます。
2015年を始動いたしました。

昼過ぎ、訪問者の気配がするので出てみると、ひつじどんでした。
「おめでとう、わたなべさん。しょっぱなに、散歩でもしない?ぼくに載っていいからさ」というので、彼の背に揺られながら近くの河川敷公園に行きました。せっかくなので、セルフタイマーで撮影。
きのうはそれなりにいた子どもたちや家族連れも見かけません。近くの遊具にいた2人っきりの小学生女子は、撮影の邪魔にならないよう気を使ってくれたのでしょう、ひっそりとこちらを振り返らずに遠ざかって行きました。

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年末年始を簡単に報告すると
12/29……仕事納めで宅呑み。
12/30……イブイブ(晦日)宅呑み。
12/31……イブ(大晦日)宅呑み。
1/1〜1/3……三が日朝から宅呑み。
1/4……仕事始めイブ昼から宅呑み。
1/5……仕事始めで宅呑み(予定)。
といった感じです。

でも宅呑みばかりでは心身に良くないですよね。そろそろ店呑みか他家呑みが必要ではないかと、思い始めております。
そういったあたりから、本年もよろしくお願いいたします。
by kawa-usso | 2015-01-05 14:05 | 雑感、いろいろ。

お神楽、御札、御守。

 きょうは、当方の集落のお祭りでありました。
鎮守にのぼりを立て、法印(神官)が家々の氏神を回って祝詞を上げます。あとは酒盛り。神楽も縁日屋台もありません。コアだけが残ったお祭りです。

 先日は駒形神社(花巻市)の例大祭に行ってきました。石鳩岡神楽の奉納神社……いわばホームグラウンド。
当初はお神楽を観るために足を運んでましたが、いつからか、御初穂料を(ちょっとだけどね)奉じて、御札と御守を頂いてくることが習わしになりました。もともとの自分は信仰心とか伝統芸能からはおよそ遠い人間であります。地元の皆さんが神楽に寄せるような厚い気持ちを、持ちえている自信などは今もって、これっぽっちもありません。
 でも自分の非力さ、いかに小さな存在であるかは、お神楽を観るようになって、より理解できたような気がします。
 駒形神社は岩手県内のあちこちにあります。遠野市の荒川にある駒形神社には、「〇〇肉牛共進会 優勝しました。ありがとうございます」としたためた絵馬が奉納されていたりして、馬事だけでなく、広く畜産農家や馬喰などの業者からも慕われていることがわかります。じゃあ個人的にもっと拡大解釈して、豚っこ産業(友だちが農場やってんの)と、かげろうのような図りごとにもご加護をいただけたらうれしいのう。
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by kawa-usso | 2014-09-16 00:39 | 雑感、いろいろ。

coffee break.

 宮城県北部のとある町のジャズ喫茶は、最も羽根を伸ばせる場所の一つである。何が愉しみで行くって、ご機嫌なナンバー♪……と言いたいところだが、ジャズのことはただの1コもわからない。流れているのはマダムが午後の気分でかける、いいお名盤(お皿、と読んでね♪)。曲がわからなくともスイングの心地よさに変わりはない。でもって、蔵の空気のようにコク深い珈琲。トドメは美人で品があって、なのにフランクなマダムとのおしゃべりである。
 夕刻7時くらいからはマスターがカウンターに立つ。彼が朝からその時刻まで何をやっているのかといえば、小さな養豚農場の社長業。一見ニヒルでとっつきにくいが、相好崩すと実にフレンドリーなラガーマンだ。弾いてるのを見たことはないけどベーシストでもある。
 お二人との話は8割方、あれが旨いだのこれが美味い、それが作られるのはこんな場所で作り手はこんな人で、という話。要するにうまいもんに目がないのだ3人とも。

 一昨日、縞の綿入りを着て本年の初訪問。おいしゅうございました。珈琲も。お話も。
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by kawa-usso | 2014-01-12 19:14 | 雑感、いろいろ。

オランダの夜はふけゆく。

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 とつぜんですがオランダから更新しています。路地の日本酒を置いているバー、ををををを釜石の銘酒・浜千鳥!!!
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 そして ををををを②店内に熊谷産業のカレンダーがあああああ!!

驚きはまだあるよスクロールスクロール!

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  と、オランダから報告してくれたのは先進農業の研修に行ってた名取市のザッツ農家・三浦隆弘さんでありました。写真の使用を快諾いただきありがとうございます。わし?行くわけないじゃん。

by kawa-usso | 2013-11-10 12:05 | 雑感、いろいろ。

蔵の住み心地、豚の味わい。

 宮城県北のとある町で暮らす友人(といっても少々年上)は、蔵を改修してお客さんが来るのか来ないのかわからん(笑)ジャズ喫茶を営む。おそらく20年近く通って、他のお客さんと同席したことは数えるくらいだから、流行っていないことはうん、事実だろう。もちろん、本業は他にあるのだ。わたくしはと言えばカウンターでマスターやマダムと、この前こーんな旨いもんを食ったよ―という話をするのが大好きで、ジャズの方はからっきしわからない。でも選曲はいつも陰さす蔵の宇宙にぴったりで、コクが深〜い珈琲の味がまたこの空間を格別のものにしている。
 その奥には、住まいとして使っている蔵が並んで立つ。いまでこそ、いわゆる「古民家」をリフォームして暮らしたり、カフェを営んだりという生かし方は、決してめずらしくなくなった。むしろ暮らし方のひとつの文脈として認知されていると思う。スタイルというかファッションと化しているような印象ももつが、友人夫妻が蔵を解体しなかった理由はただ一つ。「失くしたら二度と作れないものを壊すのはやめよう」ということだった。
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 リビング/ダイニングに敷いた石の床を見たときは息を呑んだ。表面は水平ではなく、微妙に凹凸があるものの平滑で、とても足の裏に心地よい。刻み跡が残る太い柱、梁と桁の木組み。ざっくばらんを絵に描いて額縁に収めて花を飾り付けたような(笑)マスターと、東京から農村のまっただ中へヨメにきた品のよいマダムは、風のように軽やかに住みこなしている。

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 先日、マスターの本業である養豚農場で産した豚さんを、わたくしがベーコン、ボイルハムに加工し、皆で味わうという会が急遽催された。@@豚なんて特に名前がついた豚肉ではない。ふつうに手をかけ、ふつうに育てた。これは手塩にかけていないということではない。交配して、産ませて、太らせてという一連の育成には、餌から水から並々ならぬ気を使っている。ただそれはこだわりと称してブランドやストーリーをつけくわえるほどのものではない。そういう自認がマスターにはある。それよりも、健康に育って元気のいいやつが「うまい!」という個体差こそおいしい豚肉の真意、と。僕もそれを疑わない。
 住まいも、育てる豚肉の味わいも、本人の人柄が映っている。
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by kawa-usso | 2013-10-21 23:37 | 雑感、いろいろ。

サギ集団。

 昨年くらいから近所にサギが引っ越してきた。
 以前は上流の中洲にいた方々とおもわれる。
 200羽くらいいるかも。アオサギ、ダイサギ、ゴイサギ、混成部隊。
 柳の木々がフンで枯れてしまった。
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 道をはさんで数百メートルの鎮守の森。
 こっちに来ないといいんだけどなー。
 ちなみに赤いのはツタで絞め殺された杉とヒノキである。
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by kawa-usso | 2013-05-19 20:27 | 雑感、いろいろ。

農村力(のうそんりょく)エネルギー。

 岩手県北の葛巻町に、再生可能エネルギーを取材(風力発電、他いろいろ。for 季刊[住む。])したのは、何もかも凍りついていた2月。5カ月近く経った青葉のいまからすれば、あの極寒が遠く思える。まあ、また半年経てば寒さに震えるようになるのだが。

 風力発電で全町の需要の1.6倍を発電する葛巻町の第三セクターも、運営は厳しさを増しているとの報があった。カギは、やはり送電網の開放。
 福島県沖にはでっかいウィンドファームができるみたいだし、一関に太陽光発電施設が登場するらしいし、エネルギーシフトの布石はやれかれしている間に動いている。ただ思うに、「再生可能エネルギーだから、クリーンなエネルギーだったらいくらでも使っていいよね、ばんばん成長しましょ」という考えをもっている人がいるなら、それはお門違いだろう。電力事業がちょっとやそっとじゃ進路変更できないくらいに巨大化した、そのロードマップから離れていない。
 電化製品やクルマの技術進歩は、当然だけど「省」の方角へ歩んできた。比較データは持っていないけど、ひと昔前の冷蔵庫に比べれば現在の冷蔵庫は数十%くらい小さな電力で同じように冷やせるようだ。それはそれで良しとして、節約できるはずのエネルギーで「2倍生産しました」とか「電化製品AとBを買いましょ使いましょ」というのは、明らかに省エネではない。
 再生可能エネルギーの意義については、「石油やウラニウムなどの地下資源を、エネルギーを得るために燃やす直接利用法は避けよう」という辺りだと思っている。仮にエネルギーを得るための利用が直ちにゼロにできたとしても、石油は特にあまりにも多くの資材に使われていて、頼らないわけにはいかない。よく言われる「持続可能な社会」の究極的なモデルを想像するならば、それは風や太陽光や地中熱、海水など無尽蔵のエネルギー源と、農林業の植物に由来する素材だけでつくった社会。ということができるのではないか。つまり太陽光パネルも発電の風車も、木材や植物繊維を使ったスーパーテクノロジーによる素材で作ってこそ、地中資源から離れることができる。途方もないことだし、そのためには技術革新が100コも1000コも必要かもしれないけど。

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 当面の話として、その①。少なくとも家のまわりが田であり畑であり、川があり森林があり、という環境ならば(つまり農村ならば)、遠くに頼らずともエネルギー源はある。ハードルはそんなに高くないと感じた。集落や地区ごとの小水力発電プラス屋根の太陽光利用で、相当な電源は得られる。 [季刊地域]が農村力エネルギーと名付けているそうした電力源を、発電組合のような形でどんどん実践していくといいのに。もちろん、エリアは小さくとも送電網が利用できなければ話にならない。

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 当面の話として、その②。何でもかんでも電気のチカラで明るく、自動で、速くすることもない。むしろしない方が、正しく人の手を煩わせた方が、楽しく確かな暮らしごこちを感じられるケースはずいぶんたくさんあると考えたい。たとえば電磁調理器では難しい、火を使ってこそ好み次第に調節できるコゲ目のおいしさとかね(もちろん、火を出さないメリットも歴然とあるし、そのことは誰よりも知っているつもりだ。酸素吸入チューブをつないで屋内を歩いていた生前の姉は、当然ながらガスコンロに近づけなかった。自分で好きなものを料理し食べるという当たり前の暮らしをひとつ取り戻せたのは、紛れもなく父母が大枚はたいて買った電磁調理器のおかげだ。ちなみに購入を相談された時に僕は必要ないと反対した。が、「料理なんかしなくたっていい」とは健常者の横柄であり言えなかったが)
 電気を使わなくて済む、あえて使わなくても楽しい暮らしはそのままでいい。そんなことを実践しているのが、同じ折に取材した葛巻町の「森と風のがっこう」であった。そこに流れている水、その土地の広がりに降り注ぐ光、それらで生えてくる木々や、生活者の排泄物さえエネルギー源にする暮らし方。望ましいのは完全自給であるけれど、足りない必要分のエネルギーのみ外へ補助的に頼る。それで満たされる暮らし方の方がエレガントだと思うのだが。

 緑の中で、「森風」ではカフェがオープンしているはず。足を運びたいと思っていたのに行けてない自分にしくしくしている。
by kawa-usso | 2012-06-22 18:02 | 雑感、いろいろ。

新書斎。

 震災以前の書斎は、住まい西端(の出っぱり)。
 窓から石を投げると、軽〜くとどく距離に北上川があって、落ちてゆく夕日が見られた。
 しかし地盤沈下は西端ほど激しく、修理は不可能と判断、解体。

 母屋は、東西の両端で地盤沈下。玄関側から離れて眺めると、明らかに屋根の線がカタカナの「へ」になっていた。基礎などない。昔ながらの束建て(石場建て)で、その束も全部へし折れていた。
 さて補修はまず母屋全体を約1.5mジャッキアップし、コンクリートでベタ基礎を築く。立ち上がりは70センチ、かなり高い。その上に母屋を戻し下ろした。東端にあった風呂場&洗面所は、家の裏手〜震災前には茶の間だった場所へ移す。じゃ家人はこれからどこでくつろぐのか? はい、客間が常居を兼ねるのです。ここまでで、2011年が閉幕。
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 年が明けて、風呂場&洗面所だったスペースを新書斎にした。1間(約1.8m)✕2間半、微妙にウナギの寝床みたいな約5畳。ここに机、書架、寝るとこも兼ねてベッドを押しこむ。
 家内を西から東へ、裏から表へ。風通しはまあまあ。とても。西日の灼熱地獄からは解放される。

 本棚をどうするかがキモであった。補修ではジャッキアップの準備として、「重いものは極力屋外へ運びだして下さい」。本の一時避難と、工事を終えてからの新書架(旧書架は震災で見事にへし折れ尽くした!)への移設をスムーズに行える方法がないか。

a0118120_1425245.jpg ヒントになったのは、盛岡の関係各位が催した、リンゴ箱の古本市(ちなみに来たる5月に催される、まち✕本のイベント『モリブロ』でも、古本市が立つよ)。出店者がリンゴ農家が使う木箱1つ分の本を持ち寄り販売するというもの。この木箱をどっさり用意して本を収め、プレハブに一時避難しよう。そして補修が終わったら木箱をそそまま重ねて書架にすればいい。どうせ、あんな地震がまたきたら壊れるに決まっている。壊れてもまた作り直せる本棚にしようと思った。
 リンゴといえば津軽! 軽トラックで360キロをすっ飛ばし(高速無料だったし)、36コばかし買ってきた。確か1コ350円しなかったと思う。さすが王国。
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 しかしリンゴ箱の内法は、29センチ。A4を立てて収納できないのだ。そこで案じた一計。
 ①長1830✕幅155✕厚15ミリの杉板を買ってくる。
 ②それを2枚並べて、両端にリンゴ箱を載せる。
 ③上からも杉板を2枚並べる。
 ④このサンドイッチ状態で固定する。と、リンゴ箱の外寸がつっかえとなって支えられた真ん中のスペースは、ジャストA4版が縦に収まる。リンゴ箱内には小さな版型の本、あるいはA4版雑誌を、背を見せて平積み。
 ⑤これを2〜5段重ねれば、書架ができる!

a0118120_1416614.jpg ベッドもリンゴ箱を並べた上に桐のスノコ置き、ベッド用のボードと薄手のマットを載せて完成。足元が収納になった。
 机はパイプ脚の一方を、リンゴ箱2段書架に変えて。そのてっぺんもL字型デスクとして使う。PCと書き物、本、コーヒー、ぜんぶ同時に並べられるのでとても使い勝手がよろしい。
 さて、すべての本を収めるには、姉の部屋を片づけ、書庫に新装しなければならない。壁一面に、5段(165センチ)のリンゴ箱書架をこさえるのだ。あと、古タンスと押入れも使う。でも、先の見通しはついたぞ。
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by kawa-usso | 2012-04-23 14:55 | 雑感、いろいろ。

名刺リニューアル。

いつのまにか底をついていた。
ふと思いついた、デザインを試してみたく。
10年ぶりくらいに一新した。
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 つまるところ、名前の一字ずつの英訳を添え、ビジュアライズしたわけです。
  渡 cross
  辺 field
  征 going
  治 man 
 康治とか裕治とか、「治」は基本的に男の名。なので、manで良かろう、と。
 アースカラーも初めての試み。 SEKIよ、ありがとう。

 名のごとく自分は生きているかなぁ。と思わないでもないのだが。

 なお写真は、X10で撮影。シャープだ。そして確かにフィルム「PROVIA」を思わせる発色。
by kawa-usso | 2011-12-02 21:30 | 雑感、いろいろ。


ササニシキ偏愛の米農家兼フリーライター。みやぎ石巻(本宅)&いわて花巻(小屋)……長大な北上川河畔の南北拠点から、東北6県の[農林漁業と食住の文化]を観て聴いて報告する「じぶんメディア」


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