カテゴリ:●住めば都的トウホク。( 29 )

季刊[住む。]取材から1年、はまぐり堂へ。

                          ■半農半筆〜あるいはPROFILE
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a0118120_13114254.jpg 村ににぎわいを。まちに交流を。
 過疎地域のあっちでもこっちでも続いているトライアル。成功事例とか、「移住定住者ン十人」と伝えられるスポットも耳にする。容易なことではありえない。それでも自分が直接たずねた中で、ここはなんとかなるのではないか、と感じられる場所がある。[3.11]の津波で被災した、牡鹿半島の蛤浜(はまぐりはま)だ。「なんとかなる」とは、自らの意志と職能で外からのにぎわいを常に集め、定住者を増やしていく目算が立っていく、ということ。震災前と同等の暮らしを取り戻すのではなく、新たなその土地らしい暮らしを整えていく創造でもある。拠点のカフェ「はまぐり堂」は、心地よさや「今っぽさ」が耳目を集めるけれど、足取りは地道そのものだ。思い描く未来に一歩ずつ近づいている、どこよりも強い足音を、蛤浜には感じる。
 昨年の11月、季刊「住む。」52号の記事「再び、住む。」取材のためにたずねた。あれから1年。たまにコーヒーを飲みに立ち寄ってもいたが、代表の亀山貴一さんと話をするのは久しぶりだ。

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―取材から一年経ちました。スタッフが新しくなったそうですね。

a0118120_13184974.jpg亀山 スイーツを作っていた1人が独立して、佐沼(石巻から北へ40kmのまち)にカフェを開きました。パンを焼いていた1人も卒業。新しく、三本木の天然酵母のパン屋さんで働きながら、鳴子で里山カフェとかイベント企画に取り組んでた人、体にやさしい食に興味がある方が入ってくれました(地名はいずれも宮城県内)。人数的には1人増の7人ですね。蛤浜創世の第二期に入ったように感じています。

―ゲストハウスに予定していた隣家もショップになりました。




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亀山 はい、仙台で古道具などを商う「紫山(しざん)」と、石巻・牡鹿周辺のクラフトを扱います。それと、ダルちゃん(スタッフ島田暢さん)が作る家具とか、鹿皮や角のクラフトも始めました。今日はダルちゃんが鹿の解体をしに出かけているんですよ。

a0118120_1326117.jpg島さんは、はまぐり堂を立ち上げる当事からのスタッフ。重機免許を持ち、手先が器用で、建具や左官仕事、木工内装などを、オリジナリティたっぷりの発想でこなしてしまう、蛤浜のザッツ・クラフトマンだ。牡鹿半島に生息する鹿の肉は、これまでもカフェの香ばしいカレーに変身して人気を集めてきたが……。

亀山 この前、私とダルちゃんで狩猟免許とったんです。まずは罠の。いずれ鉄砲もと思っているんですけど。京都で狩猟サミットがあって行ってきまして、先進事例がいっぱい集まっていました。自分たちにもできる!って、確信して帰ってきたんです。
 いま若い人が狩猟に興味を持っていますよ。猟師さんの高齢化が進んで、鹿は増えていますけど、環境を守りながら共存していく方法を探している人が全国にたくさんいる。これまで猟師さん頼みだったものを、自分たちの力で、駆除をしながら余すところなく活用していく道を探し始めています。皮細工や角クラフトも、ダルちゃんが作ってくれるんですけれども。


―僕も昨年、鹿の解体を見学して、鹿肉料理も食べる催しに参加してみました。イタリアンのシェフらと猟師さんの企画でしたけどね。遠いと思っていた狩猟が、身近なものに感じられました。

亀山 農業とか漁業は見えやすいけど、猟の世界はこれまでなかなか見えませんでした。野生動物だったものが、解体が進むほど、だんだんと美味しそうになっていくんですよね。肉の味も当初は固くて臭いのかなと思っていたけど、ぜんぜんおいしいんですよね。今度鹿肉の大和煮缶を売りだしました。「木の屋石巻水産」さんとのOEM連携で。
 石巻、河北、女川の猟友会の共同で利用できるような施設・仕組みを作って、この地域資源を使っていけないかなという思いはありますね。北海道が最先端の地で、向こうではスーパーで売ってたり、子どもたちの給食に出されていたりするんですよ。ふだん食とか食育のレベルまで行ってる。店ではジビエとしての高い価値も保ちながら、子どもたちにも広めながら、生業として成り立っていくようにしたいですね。

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―家具は蛤浜の木ですか?

a0118120_13313593.jpg亀山 地元の製材屋さんから仕入れた石巻産の杉材ですね。一緒に活動している団体から注文をいただいて製作しているんですけど、個人向け販売はもうちょっと先になると思います。いずれは自伐林業で、蛤浜の木も使ってやりたい。カフェは軌道に乗ってきたので、狩猟と林業を、ちっちゃいけど六次化させて、販売を強化していこうというのが始まったとこなんですね。

―石巻エリアを紹介する情報誌ならばフリー・店売り問わず、ほとんどにカフェは載っているでしょう。一歩ずつ歩んできているような気がするからとても好ましく感じていました。

亀山 実は島根の群言堂が目標で、一度スタッフで研修に行ってきました。会長の松場大吉さんは「損する方と得する方があったら、必ず損する方を選ぶ」と言われていた。あえて選ぶと。そういう意味がだんだんわかってきました。大きな話は我々が目指す所とは違うなあと。あえて飛びつかずにいきたいんですよ。

―農家レストランでも加工品でも、能力がある人は、必ずビジネスチャンスを謳ってコンタクトされたことがあると言います。蜘蛛の糸みたいなのが降りてくることがあるんですよね(笑)。

亀山 時々ぴゅーっと(笑)。登り切る前にぷつんと切られたりしてね。チャンスを与えられて、幸運なことでもあるんだけど、足元から一段ずつ積み上げてきたつもりだし、そういうほうがいいです。限界集落でも残っていける方法が確立できたらと思うんですよ。

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 山形の東北芸術工科大学の協力で、3名の作家が一ヶ月づつの個展をひらく「鹿画廊」もスタートした。それぞれの作家が牡鹿半島を訪れ、感じたインスピレーションで作り上げた作品が並んでいる。
第1回は~1月17日(金)まで。お出かけを。

はまぐり堂公式ウェブサイトはこちら フェイスブックもあります。 
 
by kawa-usso | 2015-12-24 13:29 | ●住めば都的トウホク。

平孝商店のこと。

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 しっかりした手作りの道具の類が見直されていることは、定着したムーブメントみたいだ。書店の店頭では、手仕事もんもんを特集した雑誌や書籍が、けっこうな居場所を確保しているし。あちこちで新旧の手仕事市、クラフトフェアが次々と旗揚げされて、作る人と使う人が直接つながる場も増えているようだ。喜ばしいことであろうと思う。
 昨今は中介者を省いてダイレクトにつながることを良しとする評価もあるけれど、手作り品を鬻ぐ専門店や雑貨屋さんが不要かといえば、そういうものでもない。
 一連の動きの中で、いま再び光が当たっている印象を受ける岩手県北部。昔から続く手仕事の郷である。竹細工、木工、手織り、ホウキグサから育てた手編みの箒……。そんな産地のまっただ中、一戸町(いちのへまち)に平孝商店はある。まぁムラのよろずやさんだ。近頃は全国どこでもホームセンターが大きな顔をしているが、ふだん使いのものが大方揃う歴史ある店、愛顧する町民は多い。


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直せるものを売る。
 主な品々の仕入れは、メーカーや職人、工人との直接取引。そして国産品を貫いてきた。使い捨てならより安価な品はある。けれど長く使えるものが結果的には安く、買い手のためになる。道具の修理も取り次ぐし、いわば直せるものしか売らない。そうしたケアは、製造者が海の向こうにいたらできることではない。
 いま更新はされていないブログに、震災直後、平孝さん(平野祐二さん)はこう綴った。
 「工場を目の前の費用だけ見て海外移転されては、そして日本製の品質を捨てては、ある意味生き残る道はなく経済も成り立たない。いまに始まった事ではなく、以前からずっとそしてこれからもおそらくずっと。
 産業の空洞化が失業率を上げている事は間違いないでしょう。価格の安さは確かに大きな魅力かもしれませんが、先々の事を見据えた先行投資〜日本製を作って日本製を買って使う事も大事です。
 計算上の大きな数字でいえば、世界を相手に価格競争にも勝てるような大企業の数字をまとめた方が早いでしょうが、現実は庶民の暮らしが一番なのです。何度でも言います、書きます。MADE IN JAPAN。これこそが日本の復興には必要不可欠な事です」

[ PHOTO上/灯油ランプは部品1点1点が異なる町工場製。どれが不具合になっても、その部品を取り寄せれば使い続けられる。逆を言えば、どこか1社がつぶれたら、もうこの新品は作れない。壊れたら、THE END.]

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売るプロの意義。
 近郊の作り手から集まる手仕事品も、平孝さんはまとめて買い上げる。ぽつん、ぽつんと売れるよりも、作り手にとってはずっとありがたい。そしてまた、その出来栄えをきちんと批評する。たとえば箒なら、「元の部分をもう少し丁寧に編んでください。そうしたらもう少し高く買いますよ」などと。クラフト市などで買うユーザーが、使いにくさや改善のアイデアなどを、ともすれば言いにくいことを、どれほど直接アドバイスしてくれるだろうか?
 店がプロならば、お客さんも道具を使うプロ。優れた品を、もうどうしようとも使えない、というところまで使い倒す暮らし方が当たり前に身についている。また箒の話になるけれど、地元では「箒をおろす」という言葉をよく使う、と平孝さん。座敷を掃くのに長年使っていた箒が、穂先がちぎれて隙間が増え、硬くなってきたところで新しい座敷箒を買う。古い箒はこれで御役御免、とはならない。土間を掃く箒に役目替えする。これが「座敷箒を土間に下ろす」。さらに穂先が固く短くなったら、土間から外庭の箒として「下ろす」。そうして10年近く持ち場を変え使い続けて、ようやく、1本の箒は役目を終えるのである。
 懐古でもない、スタイルでもない。当たり前の暮らし方でつながった店とお客さんは、とても理想的なありように思えるのだ。
by kawa-usso | 2015-06-16 02:45 | ●住めば都的トウホク。

火入れ、もうひとつの仕事。

 のどかでぽかぽか陽気。という日は、意外に少ないもんなんですよ、春って。
 冬の空気と押しくらまんじゅうしてるわけですから、冬が押しこめば寒い、雨、雷、雹。春の空気が勝って晴れても、けっこう風が強くなる(昼過ぎからは特に)。先日、北上川の河川敷でカヤ(ヨシ)の火入れが行われた。刈ったあとに火を放って焼くと、他の植物やその種は焼き尽くされるが、カヤの地下茎は生きている。5月にはカヤの新芽が出揃い、良いカヤが育つ。

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 微風を選んで行わますが、作業者はもちろん役所&消防署には届け出て、万端調えて事にあたるわけです。んがしかし、作業の最中に風が強めになったり、風向きが微妙に変わったりもする。と、時に民家の庭先に黒焦げのカヤの葉が飛来することもままあり、洗濯物が汚れたとか(これは結果的にではあるけれど、確かに実害という一面はある)、役所や消防署にクレーム電話が届くことになる。中には怒り心頭に発する方もおられて、「時代遅れのことやってんじゃないよ」といった趣旨の強い抗議をされる場合もあるそうで。
 で、お役所としては作業者にクレーム報を伝えないわけにはいかない。受けた作業者(の社長)は1軒1軒、菓子折りなどをもって頭を下げ、茅葺き屋根と地域の文化に対する理解をお願いするのである。
 春の風物としてニュースには載るけれど、こうしたちと苦い後処理がついてまわることもあり、茅葺屋根の文化はそうして維持されているのであります。
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by kawa-usso | 2015-04-21 13:05 | ●住めば都的トウホク。

「和の住まい」シンポジウム開催。

【和の住まい推進inみやぎプレエクスカーション歴史的木造住宅観賞会】
【和の住まい 推進リレーシンポジウム in みやぎ】
 2月19日(木)、宮城県塩竈市で開催されます。
 当日シンポの進行役をお務めになる大沼正寛さん(東北工業大学准教授)より。
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●プレ・エクスカーション
 歴史的木造住宅観賞会
 旧亀井邸(1924年築)
 10:30〜12:00
 参加費無料 定員30名
●シンポジウム
 13:30〜16:30
 塩竈市 遊(ゆう)ホール
 テーマ……
 東北の[和の住まい]
  ー人の和と文化を育む、くらしの器ー


お問い合せ(フライヤーの裏が申込用紙になっています)
事務局:一般社団法人宮城県建築士事務所協会
    TEL/022-223-7330 (FAX 7319)

主催:宮城県地域型復興住宅推進協議会
共催:和の住まい推進省庁連絡会議(国交・農林水産・林野・文化・観光・経産各省庁)
後援:宮城県、塩竈市
by kawa-usso | 2015-01-23 11:48 | ●住めば都的トウホク。

やっぱ凄い、長面浦。

 当家より車で東に15分。
 北上川の河口に位置する袋状の内海、長面浦(ながづらうら)で、Sさん夫妻の船に載せて頂いた。
 ↓この方々は、籠にお越しくださったアナゴさま。
 体側に星が並んだように側線があるし、体はきれいな土色。
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 ↓どしどし籠を引き揚げているうちに、ひときわ立派な体格の方もお見えになった。
 ?背中が黄色がかっているし、側線がない。そして、腹は白でなく真っ黄っき!
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 Sさん。「ウナギ入(へ)ってだわ」……うなー!
 籠に入っていたうな様は1匹だけ。でもその後、カキ筏に仕掛けたウナギ竹筒も上げたら、そっちにもお越しになっていた。うおおおおおおおお!

 カキが半年で食べごろサイズに育つ。だけじゃない。海底に片付けきれないガレキが多くて底網をかけられないけれど、本来ならヒラメもホシガレイ(¥¥¥)も獲れる。重々知っていたつもりの長面浦の底力。目の当たりにすると、もう唸るしかない。最敬礼(しゅたっ!)
 その場で開いたアナゴもらっちった ♪ 今夜は天ぷらだ―!
by kawa-usso | 2013-08-11 13:59 | ●住めば都的トウホク。

大謀網船に載って。

 大型定置網(大謀網)の船に載せてもらった。
 朝4:00に女川港を出て、5:00に網に到着(日の出は4:50、いやあ日が短くなった)。
 1隻が網の一端を舷側に固定し、全員が僚船に乗り移ってもう一端を起こしに行く。
 こちらの船は、わしとカメラマンのみ。金華山から朝日が出た。
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 目測で80メートルくらい離れたところで、網の一端を起こして巻き上げてゆく。
 2隻の間がゆっくり、ゆっくりと狭まってくる。
 ブロンズ色の海中を、逃げ場を探してセグロ(カタクチ)イワシが、サバがぐーるぐる。
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 まさに一・網・打・尽!
 サバ、タイ、セグロ、ワラサ(ブリの手前)、サメと、3mくらいのマンボウも!
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 2カ統の網を揚げて帰路。船上でごはんをごっつぉになった。
 サバ味噌煮、アジたたき、イカと真鯛の刺身、タイ切り身の味噌汁。
 うめえのなんの。
 
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by kawa-usso | 2013-08-08 21:19 | ●住めば都的トウホク。

小屋の写真帖。

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「とうほく小屋の写真帖」、更新を再開してみます(いつまで続くかわかんないから控えめにお伝えします)。
 こちら→  

by kawa-usso | 2013-08-01 10:31 | ●住めば都的トウホク。

[先祖になる]。

 テレビ番組を含め、震災関連の映像作品は、NHKなどの震災科学ドキュメントを除けば、ほぼ何一つ観てこなかった。ある程度の、いやある程度以上の話はふだん生活しているだけで、それこそ息しているだけで耳に届いてくる。加えて新聞と定時のニュースを見ているれば、もうおなかいっぱい。
 震災関連本で買ったのは2冊だけで、1冊は学生時代を知っている山川徹くんの「東北魂〜僕の震災救援取材日記」と(どれどれ、どんだけ成長したかなという意地悪な視点で)、いま読んでいる1冊は瀬戸山玄さんの「東北の生命力〜津波と里海の人々」(INAXブックレット「唐桑・海と森の大工」以来読んでる自称ドキュメンタリスト)。
 
 で、ここでは映画「先祖になる」の話。
 観に行こうと思ったのは、主人公が14年も前に取材した木挽き(木樵)さんだったから。

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 現地は木の国、気仙地方。岩手県沿岸最南部であり、宮城県気仙沼市周辺も含めてかつてはこう呼ばれ、伊達藩の一部だった。しかも木材(気仙杉)、製鉄、養蚕など、藩にとってかなり重要なものづくりの拠点だった地域である。
 岩手県陸前高田市は市街地のほぼすべてが海からさえぎるもののない平地にあり、東日本大震災の津波に飲み込まれたことはほぼ知られていることだろう。
 木挽きの名は、佐藤直志さん(77)。当方の取材は在郷大工集団「気仙大工」の棟梁の仕事ぶりがメイン。直志さんには、新宅普請のために施主自身が所有する山の木を伐る現場でお会いしたのだった。あの当時は、63歳。その後、6〜7年前に一度だけご自宅にうかがい、修行時代の話などをお聞きしたことがある。
 ←↓写真は[木の家に住むことを勉強する本]from農文協より。撮影/伊藤トオル 文/渡辺征治
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 陸前高田市今泉町の、そうそうこの家、とスクリーンに見入った。津波にだいぶ痛めつけられたお住まい。町の背後に迫る山へ上がる、細い道の途中にある。直志さんは仮設住宅へは入居せず、ここで暮らしながら、山で自ら木を伐り、新しい家を建てると宣言する。そんな直志さんと、直志さんの周辺にカメラが付き添った、おそらく1年と数カ月間くらいの記録だ。

 300キロに連なる海辺のまちのあちこちで、住まいと地域の再建が取り組まれている。思い切って見切りをつけ、慣れ親しんだ土地を離れる人。高台や内陸へのまちごと移転計画。それに賛同する人。行政の指導で建築制限がかかる中、再び戻りたいと望む人。どの選択肢も選べず仮設住まいで途方にくれている人もいるだろう。
 直志さんは「戻りたい」派の最もポジティブな人だ。住まいを、仕事を、暮らしを、津波が総なめにした場所に再び降り立って、人は果たしてどう生きていけるのか。それを直志さんは、持ち家を解体し新築するというシンプルな行動で示した。

 で、映画で観たい。という方はこの先読み進まなくていいかも、とおもいます。


 映像のかなり早い時点で、早々の新宅再建を思いとどまり仮設住宅へ入居するように進言する市職員とのやりとりが出てくる。考えは折り合わず、直志さんと支援者は「じゃあ建基法(建築基準法)を曲げろよ」と詰め寄る。おそらくは職員もみんなとそう縁遠くはない見知った仲なのだろう。硬直に対立することはお互いに避けたく、直志さんは職員の手を取り「わかってくれ」と懇願しているのであった。職員は職員で膨大な仕事と市民の要望と、彼らの行動原理である法令の板挟みで、難しい職務の遂行を迫られているのだ。同じことが、石巻でも、南三陸でも、いわきや仙台でも起きている。

 住まいの再建を難しくしている事情の一つに、現代では家が釘1本まで「買うもの」になってしまっている点があることは意識しておいた方がいいと思う。かつては家の新築に(貨幣価値の上昇を差し引いたとしても)、それほど費用を必要としなかった。主な材料である木材は、家一軒分を木挽きが見当つける。「柱は誰それの山の杉をいただこう、梁は彼それの山の赤松を」という具合だ。周辺の山を熟知し、時には山主との交渉までも木挽きの仕事領分だった。持ち山の木というのは必ずしも売買するものでなく、隣近所や親戚のためにはタダ同然で提供することも多い素材だった。つまるところ必需品は、特に困っている場合には「分け合う」が基本ルールだった訳で。
 材を揃える役目は地域によって異なり、家を建てる棟梁自らが引き受ける土地もあると聞く。気仙から内陸にひと山越えた遠野には「山棟梁」なる専門職(施主・工務者と山の所有者のコーディネイターですな)が存在した。必要な現金といったらそれこそ大工や左官など専門職の日当くらいで、それも米や小豆で払うことが可能だった(もらった方は町内の米穀・乾物店に売って換金する)。解体や上棟、屋根葺きなどに必要な手は「結」での共同作業。結の仕事には対価を払うのではなく、結で返すのがルールであり、ここでも現金は基本的に必要ない。
 余談だけど、高台移転も現代よりわりかし容易だったことだろう。石巻市北上町の相川地区では、昭和8年の三陸大津波で被災した生き残りの人たちが、高台へと集団移転している。集落の中でもその一角は「移転地」と呼び慣わし、今回の津波でも被害は受けなかった。戦争をはさんでいつしかまた浜へと居を移し、今回被災した住民たちを受け入れてお世話をしたと聞く。その場所が私有の山だったのか入会地だったのか国有林の払い下げだったのかわからないが、慣例的に使っている入会山だったら特に現金も必要なく移住できた場所ではないだろうか。

 津波に2階床の膝ほどまで浸水した直志さんの住まいは、土壁が落ちて木舞(こまい=竹と荒縄で組んだ下地)がボロボロとあらわになっていた。築55年、左官に教えられて、自分で掻いた(木舞は組むではなく、掻くと言うのだ)という。材は自分で伐り出した。その時と同じように、家を再建するため山へ入り、木を伐る。スパイク足袋で足元を固め、チェーンソーを吹かしす。伐り倒したらその上をひょいひょいと歩いて4メートルに玉切りする運足といい、80歳を目前にしているとは思えなかった。自分でもカメラに向かって「山さ入れば若いべ」と言っているとおりだ。

 作品は被災したその場に戻ることを薦めたり礼賛したりしている訳ではないし、紋切り行政への抵抗奨励でもない。実際に直志さんの考えと行動を理解できない人にもカメラは向けられ、他でもない奥さんがそうであった。まちは維持できるのか……今泉町内会での話し合いでも意見はそれぞれだった。
 でも、土地や住まいやまちへの愛着は、まず肯定されるべきもの、ではないのかな。次に来る大津波に、どう対処するのか。戻りたい者がごく少数なら、圏域の中心から遠い集落だったら、小なりともほぼ同程度要するインフラ整備はハイコストに過ぎるのではないか。もとよりすべての希望をあまねく叶えることなどできない……公理はわからないとは言わないけれど、直志さんのような人を自分は応援したいと自分は思ってしまう。

 気迫で訴えていた今泉町内会の青年たちの、火が吹き出すようなマイクパフォーマンスにしびれる。陸前高田の夏の風物詩、けんか七夕の巨大な山車を1台だけ再建し(この材も直志さんが伐り出した)、繰り出した若い衆が涙をため、山車の上から血のたぎりそのままに雄叫びを上げた。
「現状だけ見て決めんなよ。ここに居たいんだ。簡単に終わりだなんて言うなよ」 (ちょっとうろ覚えですけどそういう内容の言ね)
by kawa-usso | 2013-04-16 11:11 | ●住めば都的トウホク。

−13℃。

 AM7:00、車載のドライブコンピュータが、マイナス13℃とゆっている。
 クルマよ正気か。

 川霧がたちこめて河畔林のすべてにくっついて氷りついている。
 霧氷。になっている。石巻で見られることはめったにないのではないか。
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 中央の木々に見える影は、アオサギのコロニー。
 繁殖コロニーではなく、塒(ねぐら)。
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by kawa-usso | 2013-01-18 07:54 | ●住めば都的トウホク。

新カメラ、神楽初出動。。。

 石鳩岡神楽、舞初め。沿岸釜石からお越しの観客もいらっしゃいましたが(威勢のいい掛け声で有名な神楽追っかけ)、あえておめでとうございます。

 さて撮像素子が、ふつうのコンパクトの4倍くらいなのかな。
 一眼とコンパクトの中間サイズで、これくらい映れば満足である。

 弱点も発見。
 逆光でフレアが出やすい、白飛びしやすい。やっぱF値(明るさ)とキレだけではわからないもんだねえ。怖れずに暗めに撮り、PCで見ると適正露出だったりする。あと、コンティニュアス(追尾)AFはそんなに優秀でない。でも使えるカメラだ。

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 4頭立てで噛んでもらいました。「がつんとやってください」って、言ってみようかと思ったけど言わなかった(笑)。鼻先でこつん、と突いてから、頭上の宙をパン!と噛んでくれるのだ。1頭だけ、こつん、がない権現様もおわしました。
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by kawa-usso | 2012-01-23 08:31 | ●住めば都的トウホク。


ササニシキ偏愛の米農家兼フリーライター。みやぎ石巻(本宅)&いわて花巻(小屋)……長大な北上川河畔の南北拠点から、東北6県の[農林漁業と食住の文化]を観て聴いて報告する「じぶんメディア」


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