去っていった人たちを思い。

 長いです。

 レポートの掲載誌を整理していた。
 はて、この号はどこの何だったかな。
a0118120_1935564.jpg
 と思って開いた1冊に、20代の女性がツナギ姿で、輝く笑顔で笑っていた。オーバーな表現ではなく、まさにきらっきらと光っていたのだ。夏のビニールハウスの中で、健康的な白い肌を伝う汗の一つ一つに太陽が写り、どんな「光モノ」よりもまぶしい。表情だってつくったわけではなく、ナチュラルな微笑みを取材の間ずっと絶やさなかった。盛りを迎えた夏野菜は、完全有機栽培。でもほとんど虫食いはなく、彼女に負けず劣らすの肌美人。代々の農家ではなく、ほぼ離農しつつあった親戚の農地を、農機ごと譲り受けた。驚いたのは、作業の大半はほぼ一人で、年間50〜60種類前後の野菜を、福島市内の一般家庭やレストランへの宅配するスタイルをほぼ軌道に乗せていたこと。

a0118120_1936233.jpg
 そんな彼女が廃業したと、当時の取材に同行したカメラから耳にした。原発事故以後、商売は上がったりだったらしい。確かに、福島市の彼女の農園がある地区は、福島第一原子力発電所から飯舘村を通ってまっすぐ一直線。市域で最も線量の高い地区に、とても近い。
 写真は、取材前日に、彼女の契約するレストランで食べたメニュー。前田美豚のロースト。野菜も味が濃かった。そしてこの豚肉の農場も福島第一原発の至近にあり、廃業した。

a0118120_19364114.jpg
 1冊開いて心臓の辺りが締め付けられるような気持ちになったが、続けてほかのも見たくなる。と、福島との県境をはさんで宮城県最南部の丸森町の取材記事が出てきた。大好きなチーズ工房の若き職人。彼が酪農家の農場に工房を構え、そこの牛乳のみでつくる「丸森ゴーダ」は、オランダで修行してきた手技の珠玉だ。彼の地には「農家チーズ」というカテゴリーがある。大きな乳製品企業のチーズとは一線を画し、1軒の酪農家の牛乳だけでつくらなければならないなど、厳密なコードがある。彼は農家チーズ組合の組合長宅に2年間(だったかな?)ステイし、帰国するときには「君がつくるチーズは、私が作るものと何ら変わりない」というお墨付きをもらった。
 丸森方面へ足を伸ばした時は、忘れることなく買い求め、工房で話をするのが愉しみだった。タイプは熟成3ヵ月のヤング、6ヵ月のセミオールド、12ヵ月以上のオールドがある。どれもそれぞれのおいしさがあり、熱を通すとさらに風味が増す。チーズトーストにおいしい珈琲を添えれば(夜ならwithワイン)、もう何にも要らないくらい満足できる。
 その青年職人も、丸森を去った。
 おいしさのためにノウハウを磨いた。起業のリスクもしょって、こつこつとファンを増やしてきた。種は蒔けば育つし、牛は毎日毎日、乳を出しつづける。なのに売れない。電話があればその趣旨は注文ではなく、キャンセル。
 食べ手と誠実に向きあっている農家や生産者ほど、悩み、戸惑い、怒り、なんとかおいしさを作り続ける道をもがきながら探している。ある人は複数の測定機器を自ら揃え、専門機関や市民の放射能測定施設も活用しながら。ある人は、遠く西日本などに引っ越した(そこも遠くない所に原発はある)。そして、ある人は自ら廃業を決めた。
 彼らの心中を思えば、やはり原発は憎し、なのだ。功罪の功、利と損の利。そんな側面などを考えられるわけがない。自分たちの暮らしとはほぼ関係のない電化生活と生産のために、福島で燃やされてきた核の火で降りかかった、これは実害である。手塩にかけたのに食べてもらえない在庫の山を抱えた生産者の気持ちを、暗澹を、想像できる人は、いわゆる消費者の中にどのくらいいるのだろう。現在の安全基準に添えばリスクは無視できるほど小さいという。それはそれで今の食生活の指針にしていい(やむない、ほんっとうにやむない)ことだと僕個人は思う。が、それで生産者へや避難者への罪滅ぼしが済むなどとはゆめゆめ思わないことだ。現実的に不可能と言われようが、汚染前の環境を返せ、という本心を抱きながら、廃業した彼らは生きていく。願わくは、どこかの地で再び土を耕し、牛たちに向い合ってもらいたい。
 福島産や東北産の食材を避けるその動機を笑うことはできない。健康の心配、小さな子供を抱える父さん母さんたちの心配を、どうして批判できようか。事故や放射能汚染の評価判断は、自衛策をとるもとらないも、その程度も、人ぞれぞれに決めることに違いないし、強要などできるはずもない。が、その基になる放射線量、体内低線量被曝などの評価が、あまりにも差が大きすぎてどれを信頼していいのかわからない。「御用学者であり隠匿と捏造発表」VS「ヒステリックな反応であり偏向報道」とは正面からぶつかっている。傍観を決め込むと、言い分はどっちもどっち、ほとんど等価ではないかと思えるくらいだ。 
 最高精度の分析で不検出と紙切れつけようとも、避ける人はまとまった数で存在する。ツイッターからは研ぎに研いだ先鋭的な意見も飛び込んでくる。その手の内に入ってしまう気がしてリツイートなどはしなかったし、ここでも書かない。けど、そんな千々に乱れとまどう心を越えて、願わくは、誠実な生産者を支えていただくことはできないだろうか。
■この方のブログにも、そうした人達の素顔がたくさんレポートされている。ぜひブックマークして、定期的に読んでいただきたい。

a0118120_19373753.jpg
 (写真は震災前の飯舘村で。福島県下一の肉牛産地だった)
 重ねて僕個人は、食品の買い出しや外食に、特段の注意ははらっていない。選ぶ基準は距離なので、真っ先に手を伸ばすのは宮城・岩手、次いで福島・山形・秋田。この順番は変わらないが。仮に基準を超える食材に当たってしまったとして、継続摂取するのでない限りは健康に害が出るほどの被曝はきっとしないのだろう(と呼びかける報道もずいぶん耳にする)。その根拠が本当に正しいかどうか、正確には判断がつかず(素人だもん)、そっちの方にパイを貼っているに過ぎない。が、四の五のこむずかしいことは言わず、単純に、食べたいのだ。目の前の海から、畑から、まきばから生まれくるおいしさをいただかないなんて、バチが当たるってもんだ。
 そういえば数カ月前、某所でセシウム牛を食べる会というのがあった。さる業者が購入した枝肉から、検査によって50数ベクレル(だったと思う)の放射性物質が検出された。商品にはできない(出荷規制の基準以下ではあるが、購入者は売るつもりになれなかった)ので、自己責任において仲間内で食べようと案内が届いた。食べるために育ててきたものを無駄にしない心に共感できる。ぜひとも行きたかったのだが、どうしてもはずせない所用があり、また近い場所でもなかったので泣く泣く諦めたもっぺん企画してほしいぞ。

 さて、あしたは石巻〜気仙沼に揚がったカツオを探そう。
by kawa-usso | 2012-06-11 19:32 | 震災を越えて。


ササニシキ偏愛の米農家兼フリーライター。みやぎ石巻(本宅)&いわて花巻(小屋)……長大な北上川河畔の南北拠点から、東北6県の[農林漁業と食住の文化]を観て聴いて報告する「じぶんメディア」


by kawa-usso

プロフィールを見る
通知を受け取る

カテゴリ

●PROFILE
●(備忘録)田んぼ2015
●住めば都的トウホク。
▼[以下はすべてアーカイブ]
FOOD×風土@とうほく
酒、肴、菜、飯。
手の仕事、表現。
NB(猫バカ)&生きもの。
本の話題と掲載誌。
クルマ、ギア、グッズ。。
私立 東北雑貨屋研究所
農都共棲(農と住む)。
花巻小屋とカヌー。
宮手県の風景。
震災を越えて。
いま田んぼでは2014。
いま田んぼでは2013。
いま田んぼでは2012。
いま田んぼでは2011。
いま畑では2011。
雑感、いろいろ。
いま畑では2010。
いま田んぼでは2010。
いま畑では09。
いま田んぼでは09。
教育ファーム。

検索

twitter

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

フォロー中のブログ

いわてぐらし。
Botanic Jour...
blogとりら

以前の記事

2016年 06月
2015年 12月
2015年 10月
more...

その他のジャンル

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30